ロシアかどこかの名優が舞台で背を向けて食事のメニューを読み、観客を泣かせたらしい。
それほど声には出された言葉にひそむ意味を超えた力がある…
10年程前に出版された「声の力」(岩波書店)の中で詩人の谷川俊太郎さんが書かれていた。
先日、飲みながら友人とツィッターやFacebookの話をしている際、ふとその本について思い出した。
彼はどちらも登録して活用してはいるのだが、最近、不信感を持ち始めているそうだ。
簡単に他人と繋がることができるが、どこか虚構の世界の中で会話をしているような感覚になり、リアルな会話との間に温度差があるように思えてきたと言う。
本来、ネットで繋がっただけの薄っぺらい関係のはずなのに、それ以上の関係性が築かれていると思うことは確かにある
そこには声がないのだ。
いくら会話が盛り上がっているように見えても、あくまで文字上にすぎず、仮面をかぶっている人同士で筆談しているに過ぎない。
気のない返事というのは声だとわかっても、文字であれば、「へぇ~!すご~い!」と書けば、真剣に聞いている(読んでいる)ように思え、文字面上では成り立ってしまう。
実際は、そう書いた人がテレビを見て、あくびをしながらキーボードを打っていたとしても。
現在、僕は岐阜の田舎で書き仕事をしている。
インターネット上で会話をして、仕事もほとんどメール上でやりとりさせていただくことが多い。
どこにいても仕事ができるのはインターネットのおかげであることは間違いないし、ありがたいことだと心から思う。
誰かから紹介を受け、顔も知らない方からメール上で依頼されることもあり、
僕も気楽に返事を返し、交流もしくは仕事が始まったりする。
会わないまま仕事が終わったこともある。
今までは特にそれで気にしたこともなかった。
しかし、彼と話をしているうちに考えてしまった。
そういえば、ここ数年、新しく出会った人と直接、会って話をすることが億劫になっているような気がする。
先程、触れた「声の力」を再度、ぱらぱらめくっていると、数年前に亡くなった心理学者の河合隼雄さんが警鐘を鳴らしていた言葉が目に留まる。
「悲しいと言ったって、どんな顔をしているのか、どんな声で言っているのかで全く違いますからね。
ところが文字にしたら、「悲しい」しかないわけでしょ。
だからいまはある種のことが電波と文字で簡単にできるから、みんな実際に触れるということをちょっとサボり過ぎている気がしますね」
インターネットで簡単につながれる今だからこそ、肝に銘じておこうと思う。

手紙だとまた違うんだろうなぁ。
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